IoT技術が漁業や水産業に変革をもたらそうとしています。IoT活用によって現実のものとなりつつある「スマート漁業」とは何なのか、そこではどのようなIoTデバイスが活用されようとしているのかなど、漁業のスマート化について解説します。
IoTで実現する「スマート漁業」とは
スマート漁業とは、主に小型船による沿岸漁業や養殖業において、IoT技術による漁場や養殖場のデータを取得し活用することによって効率化や省力化を図ろうという新しいスタイルの漁業のことです。
たとえば沿岸漁業で、多くの魚がとれる漁場を探し当てるには、これまでは漁師の経験や勘に頼るところが大きかったといえます。しかし、IoT技術によって海流や風向き、水温などのデータをモニタリングし、それらの条件によって変わる魚の行動を予測できれば、良好な漁場を見つけることが可能になります。
養殖業においても同様です。これまでは気候変化などさまざまな条件によって予期せぬ不作が発生することがありました。しかし、養殖場内の海水の塩分濃度、水温、比重などのデータを収集し、与える餌の量を変えるなど常に環境を最適化できれば、不作を防ぐことができます。
また、スマート漁業ではIoTに加えてAI技術も重要な役割を担うと考えられます。IoTデバイスが集めた海洋ビッグデータをAIが解析するといったプロセスを確立し、「漁師の勘」に頼っていた作業をシステム化できれば、漁業をこれまでとはまったく異なる新しい産業に様変わりさせることもできるでしょう。
2020年の現時点でも携帯電話の電波は、陸から7キロ程度(4海里弱)は圏内で、通常の利用が可能となっています。また、今後、HAPS(High Attitude Platform Station)と呼ばれる成層圏に位置する飛行機(飛行物)による通信や、衛星通信による通信など海上も含めた世界中どこでも気軽にいつものスマホが使える状況が実現することが想定されています。
スマート漁業で活用されるIoTデバイス
現段階では次のようなIoTデバイスの活用が考えられます。
スマートブイ
漁場付近や養殖場の海洋データを取得するセンサを搭載したブイです。水に浮くブイに、大容量バッテリー(またはソーラーパネル)、データ送信用の通信アンテナ、センサを取り付けるというのが一般的な構造です。
搭載するセンサとしては、海上用として気温・気圧・風量センサ、海中用として水温・水圧・塩分濃度・加速度センサなどがあります。
ある養殖現場での実証実験によれば、これらのセンサから得られるデータの中で最も漁獲量予測との相関関係があり、重要なのは、水温と塩分濃度のようです。気温や気圧も同じように重要なのですが、スマートブイで得たデータと一般に公開されている気象庁の観測データで数値に大きな差はなく、代用可能とのことです。そこで搭載するスマートブイに搭載するセンサを、異なる水深の水温が測れる多層水温センサ(塩分濃度は多層水温の時系列変化から推定)のみに絞り、シンプルな構造で運用するという考え方も出てきています。
また、スマートブイには水中の様子をカメラで撮影してモニタリングできるタイプのものもあります。
スマートドローン
海上を飛行する空撮ドローンはマグロなどの養殖で活用される機会が多そうです。養殖を行う海域の様子を空撮して海面の色をモニタリングし、赤潮発生の徴候を検知するシステムが実験的に作られています。
他に採水ドローンも開発されており、こちらは空撮ドローンが検知した赤潮発生が疑われるスポットから多深度の海水を採取します。採取した海水はAIが画像解析して有害プランクトンの識別や計数を行い、赤潮発生の危険性を自動判別、結果を漁業者に通知するというシステムの実証実験にも成功しています。
それとは別に、水中ドローンを使った取り組みもあります。こちらも養殖業での活用を想定して開発が進んでいます。水中ドローンはリアルタイムの動画撮影が可能で、さらに画像認識AI機能によって生簀の中の魚の数を正確に把握し、あるいは貝や海苔などの生育状況の確認もできるようになっています。
今後は魚群探査用の水中ドローンの開発も期待されています。
漁業におけるIoT活用のメリット
漁業にIoTを活用すると、以下のようなメリットが得られます。
作業の効率化による漁業者の負担軽減
これまで漁業者が行っていたさまざまな作業が、IoTを使うことによって効率化されます。例えば従来の養殖で給餌量を決めるためには、船を出して養殖場の海の状況を確認し、経験や勘に頼ってどれくらいの餌を与えるかを判断する必要がありました。しかし、スマート漁業では条件によって最適な餌の量を判断し、生簀に設置した自動給餌機を遠隔操作して養殖魚に与えるといった方法が可能になりつつあります。
漁獲量の安定化
IoTを活用すれば、沿岸漁業でも漁場をセンシングしたデータを収集・解析して良好な漁場を見つけ、一定の漁獲量をキープできるようになります。また水揚げ量や魚種命に関する情報も迅速に把握できるので、漁獲量を調整することも可能です。もう一つ、詳細な漁獲報告は漁業者の負担となっている側面があるため、ここでも負担軽減につながります。
資源管理システムの構築
精度の高い沿岸資源データの管理や漁獲報告の電子化などが進むと、新たな資源管理システムの構築が可能になります。海洋データ、漁獲データ、資源データを正確に把握して管理できるようになれば、獲りすぎを防ぐなど将来に向けて計画的な資源管理が可能になると考えられます。
コスト削減と流通・物流の効率化
操業コストの削減や省人省力化によって漁業生産コストの引き下げが期待できるのもIoT活用のメリットです。また流通市場の需要に合わせた漁獲量の調整が可能になり、それらのデータを物流業者と共有することで効率的な物流オペレーションも行えます。
人材不足解消
漁師の経験や勘、独自の技術を用いて行っていた作業をシステム化することで、漁業に必要なスキルの標準化が進み、人材不足の解消につながることも期待できます。
漁業従事者の高齢化、少子化、漁村の過疎化などによって担い手不足が起こり、次の世代への技術継承が難しくなっている現在、IoT活用によるスマート漁業の実現は喫緊の課題とされています。水産庁なども漁業や水産業のスマート化に力を入れており、今後の展開に期待と注目が集まっています。